2006年09月05日

安倍晋三と近衛文麿

9月20日の自民党の総裁選に向けて、本命と目される安倍晋三が、満を持して立候補を表明した。
麻生外相や谷垣財務相等が先立つ中で選挙の前からマスコミ主導で、安倍、安倍、安倍と喧しい。
国民も、それに呼応するかの様に、安部待望論に流されている。
歴史を翻るに、このシングル・イシューは、何処かあの時代を想起させる。
そう、あれは昭和12年(1937年)と15年の二度に渡って組閣した、近衛文麿の時代だ。
近衛は、明治維新の王政復古により蘇った、公家・五摂家の筆頭の当主であり、首相に推された時は、四十代半ばの若さであった。
当時の新聞を中心としたマスコミは、挙って、近衛待望論を囃し立てたものだ。
今亦、大マスコミは、相変わらず同じ徹を踏んでいる。
近衛の当時も、「バスに乗り遅れるな。」との、言葉が流行ったが、いま又、自民党所属の国会議員達は、雪崩をうって、安倍へ靡いている。
日本人の常として、古代の昔より、家柄の良さを畏怖し、毛並みの良さに、ほぼ無条件で平伏してきた経緯がある。
近衛が明治維新で、復活した名門なら、安倍は先の敗戦後、復活した名家・岸家の出である。
何れも、若くして、先輩手練の議員を押し退け、首相の座に就こうとしている。
4月に、私が予想した、民主党が様変わりした為、福田康夫が立候補しなかった。
以後、自民党の総裁選は、様相を異にしたのである。
特に、マスコミの馬鹿騒ぎが、一般世論を構図は、時代の変遷を感じない。
個人の自我が確立されていない、否、確立され得ない日本人の資質には、これは如何にも、不整合だ。
古来からのいつの世も、日本は、この様な社会であった。
安倍と近衛が類似するのも、これ必然かも知れぬ。
近衛には、元老・西園寺が後ろ盾となった、安倍には、小泉首相がバックアップする。
安倍の父・晋太郎が、三十数年かけて、総理候補に目される様になったのに対し、晋三は、政界デビュー後、僅か十年あまりで、陽の当たる坂道を駆け登ってきた。
ともあれ、近衛と安倍の相違は、前者は、四方に受けが良く、八方に意を注いだが、後者は、闘う政治家を標榜し、信念を貫こうとしている点が見受けられると云う事だ。
過大な期待・評価は、国民にとっても、不満不平の基になる事を恐れる。
合従連衡の火中に身を置く国会議員の方々は、特に、之を念頭に身を処して貰いたいものだ。
それにしても、安倍の周到な選挙戦略は、際立っている。
靖国神社へ、既に4月に詣でているのも巧妙だ。
願わくは、メッキに帰する事が無い様に…。
御当人も、重々、自覚しておられようが、チャンスは即、ピンチに転ずる事を肝に銘じておかれよう。
posted by 津々浦々 at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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