2006年05月09日

新渡戸稲造、かく語りきや?

さて唐突ではありますが、此処で、武士道を復活させてみませんか。
太平洋戦後の早い時期、坂口安吾は、武士道の堅苦しさを忌み嫌い、徹底的にその制度を否定していましたが、今のこの世に生きていたら、果して、何と云うでしょう。
そも、政事は、士分の仕事でした。
硬直した組織体系は、確かに、弊害がありますが、その身の処し方、ものの考え方は、大いに、参考されて然るべきです。
「国家の品格」なる書物がベストセラーになっていますが、恥の文化を基礎とする日本固有の武士達の処世が、今の日本には、必要だと強く感じます。
翻って、現今の為政者達に、如何ほどの資質があるのでしょう。
小さい事からこつこつととか、ジャンケンポンで選挙ですとか、料亭に行きたいなあとか、社会勉強の為にキャパクラでも何でも経験しますとか、そんな人間が、国政を担う世の中です。
自由平等ですから、そう云う人間も、国会議員に成れる世の中が、本当に、良いのでしょうか。
人間は十人十色、色々な人が居ますが、大別して、三等分出来るでしょう。
そこで提案です。
国会議員に立候補する為には、国家試験を導入しましょう。
それをパスした人のみ、立候補を受け付けます。つまり、士分に採り立てるのです。
そして、連呼のみの意味の無い選挙遊説は廃止して、テレビで、立候補者一人一人が、記者会見を開いて、あらゆる質問に答えて貰います。
有権者は、その中から選択すると云う方式を採るのです。
そうすれば、その人物の人となりや、あらが自ずと見えて来るでしょう。
大体において、国政に携わる者、国家観と方向性と大局観を、持ち合わさなければ、その資質は、なきものと断じたいものです。
悲しいかな、今は人気者ばかりが、世の中を牛耳っているのが実情です。
世の中須らく、バラエティの世になってしまいました。
生きると云う事を、普通に考える行為が、失われている日本です。
テレビを観て御覧なさい。
どのチャンネルも、芸の無い、刹那的な笑いを誘うものばかりが、垂れ流されているばかりです。時には、そういうものも必要ではありますが、ユウモアの欠片も見当たりません。
大衆の文化は、何時の世も、そう云う傾向がありますが、選良としての議員は、確たる恥の文化を、示したいものです。
そうするには、やはり、国家資格と記者会見で、選別して行くしかありません。
選挙区を大別し、そこから、二十代〜三十代の男女一名づつ、四十代〜五十代で一名づつ、六十代〜七十代で一名づつ、計六名を選出すると云う方式が、望ましいと思われます。
兎に角、もう、武士の心根の無い者は、懲り懲りです。




posted by 津々浦々 at 15:25| Comment(0) | TrackBack(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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