2005年10月04日

犯罪被害者の不合理

日本の刑法は、不条理だと思いませんか。
罪を憎んで人を憎まずなんて、出来ますか。
たった一度しかない人生に、被害を受けて、加害者にも人権があるのだからと、赦さなければ成らないのでしょうか。
被害者は死して、もう人権が無く、加害者は生きているのだから人権を要す、と云うのは、どう考えても腑に落ちません。
日本の刑法は、懲悪では無く、更正目的で成り立っています。
尚且つ、人が人を裁く事が出来ないと云う非常に崇高な?側面から見れば、非常に無責任な思考に拠って構成されています。
犯罪を犯す者は、極稀な情状酌量の余地がある人を除いて、皆、極悪人なのです。
この世に存在不可分の人種です。
例えて申せば、政治家が、「国民全員が幸せに成るように働きます。」と云っている事が、欺瞞に聞こえるようなものです。
全員が幸せなんて、人間は十人十色、人生色々、思想も生き方も千差万別です。
自民党は、共産党や社民党を相容れず、その逆も亦然りです。
ことほど左様に、全員をと声高に叫ぶは、全員が善人と云っている事と同意で、意味を為しません。
考えても見て下さい。
犯罪者は、国費で、つまり税金で、傷の手当てを受け、食事を施され、技術を習得し、僅かな時間の経過で社会に舞い戻って来るのです。
刑務所には不思議な制度があって、品行方正(こんなものは信用ならない)であれば、刑期より数段早く社会に戻ると云います。
こんな当てに成らないものは無いのであって、再犯率が高いのをみても御解りでしょう。
反面、被害者の方を見れば、驚くべき事に、傷害を受けた場合、何と、自費で治療しなければ成りません。
恐怖のトラウマが残っても、何ら支援は無く、生涯、苦しみを引きずらなければ成りません。
加害者は、短時日で社会でのうのうと暮らし、被害者は、生涯、治療費と恐怖で暮らす構図です。
死に至らしめられれば、僅かばかりの保証金で人生を終焉するのです。
遺族に対する保証・支援は一切無く、嫌な言葉ですが、泣き寝入りで終わってしまうのです。
これが人道主義ですか。
これが人権ですか。
矛盾と云うには、あまりにも不合理です。
世界平和を唱えるのも結構、負け組を助けるのも結構、されど、真の弱者は犯罪被害者です。
日本の法の精神を転換して下さい。
明言しましょう。
犯罪者に人権は、いらないと。
posted by 津々浦々 at 16:07| Comment(5) | TrackBack(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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