2005年09月01日

芸能人の評価・ギャラについて

今回の総選挙は、タレント・芸能人の類が殆ど立候補していないのは、御同慶の至りです。
さて、タレント・芸能人と云うからには、他に比して何らかの才能を有しているのが当然です。
翻って、現今の芸能界を見るにつけ、馬鹿馬鹿しく、腹立たしく呆れ返るものは有りません。
考えてもみて下さい。
芸能と呼ばれるものは、太古の昔から人々を感動させ、驚嘆させる存在であったのです。
天岩戸を開く巫女さんから、平安時代の白拍子、時代が下れば琵琶の奏者、江戸時代には超一流の歌舞伎役者は千両役者と呼ばれました。
最高峰のトップスターが千両役者だったのです。
千両とは現在に換算すれば、貨幣価値の換算方法にも因りますが、年収約8千万円位だと思われます。
然るに、現在の芸人は才能も無いのに、年収1億円以上の人がざらに居ます。
如何なる理由で、こう云う捻じれきった不当な不公平な社会になってしまったのでしょう。
今は総選挙の最中で「不公平を無くせ。」と拡声器で叫びまくっておりますが、社会を構築するもの、為政者であろうが庶民であろうが機構であろうが、皆、時代の趨勢の子羊なのでしょうか。
本来、いきとし生ける人の最重要事は食物にあります。
つまり、グローバルに考えるならば、食物を栽培する農民や猟師が、最大の受益者であって然るべきです。
何故に、生活に必要の無い下らん芸人に高いギャラを払って、見たくも無い物を見せられなければいけないのでしょうか。
誰が、何が悪いのでしょう。
テレビ局ですか。
スポンサーですか。
マスコミですか。
はた亦、それに馴らされた大衆ですか。
昔、評論家の大宅壮一が云いました。「テレビの普及に因って、一億国民総白痴化になる。」と。
予想通りの世の中になりました。
上岡龍太郎も云いました。「こんな楽な商売は無い。うだうだ喋って、大金が手にはいるのだから。しかも、一日の実働は2〜3時間だ。」と。
本音だと思います。
無論、我等に感動を与え心を癒し人生を豊かにしてくれる芸能人も当然居ります。
だけど、クラシック演奏家にしろ、落語家にしろ、舞台芸人にしろ、才の無い芸人より年収が少ないのが現実です。
つまらぬテレビの番組のスポンサーが、何故か馬鹿高いスポンサー料を払っていると云う事は、我々がその企業の割高な商品を買わされていると云う事になります。
つまらぬ芸人を起用すれば、これ亦、そのギャラが上乗せされ、馬鹿高い商品を買わされる羽目になるのです。
拠って、芸人のギャラは全て歩合制にするか、一般国民の平均年収以下にしたらどうでしょう。
視聴率が0.001%上下する度に幾らとか、商品の売上高に拠って幾らとかにするべきです。
嘗て、島田伸介が「わしは何の為に芸能界に入ったと思う? 女にもてて良い暮らしをする為に入ったんじゃ。」と、のうのうと露吐していた。
確かに伸介のあの顔では、女は誰も近づかないでしょう。
しかしまあ、是ほど左様に才無くても、不当に大金が芸NO人に転がり込む世になってしまったのです。
白猫でも黒猫でも、鼠を取るのが良い猫だ。
人間でも、食物を作る人が良い一番高く評価されなければおかしい。
世の中の不公平感と人間が生活する実生活の摩訶不思議感は、此処に極まれり。





posted by 津々浦々 at 16:08| Comment(2) | TrackBack(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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