2005年09月20日

郵政民営化・総選挙 結果分析

小泉・自民圧勝劇から一週間、ここらで一応、総括しておきましょう。

自民党が是だけ勝つとは想定外でした。
小選挙区制度の下では、こう云う事も有り得るでしょう。
先づ、当らなくてもいい人、当したくない人が、やはり復活しました。
新党大地の鈴木宗男、有罪判決を受けていながら控訴中で立候補して来るとは、その主張も、地元北海道に利益誘導する事ばかり、道義的・時代的に反社会の極みです。
千葉の中村喜四郎、最高裁で有罪が確定し議員を失職しながら、罪を償ったからと云って、再度立候補して来る厚顔さ。
確かに罪を償えば、一般市民ではあるけれど、国政に携わるのですよ。
大阪の辻元清美、自分の必要以上のパフォーマンスで、国会の論戦にエクスタシーを感じる人物。
本人は権力に立ち向かっていると云う変な自負心を持っているようだが、勘違いも華々しい。
奈良の高市早苗、小泉の刺客候補の一員に選ばれ、有頂天になって立候補し、当選の第一声が、2区で当選したのだから、総理、誉めてください。とは、何たる勘違い。
貴女の力で当うった訳ではありません。
小泉人気で当うったのです。
今度の選挙でこの4人にだけは、復活して貰いたくは無かったのですが、残念ながら、予想通り、当選してしまいました。

さて、公選法です。
今回の選挙でも、社民党が立候補させた候補が、公民権停止中と云う事で、名簿から外されると云う失態を演じましたが、(党首の福島は弁護士でしょう。そんな事も解らなかったとは、呆れ果てます。)それはさて置き、言わば、こんな軽い罪で立候補出来なくて、執行猶予中とか(辻元清美が是に当てはまる。)有罪判決を受けていながら、控訴中と云う事で立候補出来るとは、可笑しな制度です。
刑法につては述べたい事が他にもありますが、此処は公選法に限定して述べてみますれば、
先づ、執行猶予中は公民権も停止するべきです。
次に、一度有罪判決を受け控訴中も公民権を停止させるべきです。
そうしなければ、おかしいと思いませんか。

ところで、誰が認めているのか、訳の解らない政治評論家が居ます。
福岡政行? 何ですかこの人は。
最初、肩書きが白鴎大学教授だったのが、いつの頃より、立命館大学客員教授になっているのは良いとして、週刊誌に選挙の当落予想を出したり、TVで政治解説をしたり…
当落予想は、最初、小泉・自民党大敗として、段々、修正して行くと云う、本質の見極めの無さ。
TVでは、自慢たらしく、直ぐ、私の教え子が〇〇の市長、〇〇党の代議士をしていますがと、口幅ったく言い放っております。
何か問題があれば、教え子の〇〇代議士に私が云っておきますと、云うのは、地方の名士気取りでしかありません。
キングメーカーを気取っているのか、聞いていて是ほど見苦しい事は有りません。
本当に大物を育て上げた人は、そんな事は云わないものです。
まあ、こんな人物を使っているTV局や週刊誌は、その内、淘汰されるでしょう。

続いて、比例代表重複立候補の件です。
現行制度では、小選挙区の惜敗率で復活を決めていますが、是だけでは不充分です。
選挙区によっては、立候補者3人共、復活で当選し、或る選挙区では立候補者4人中、最下位第4位の者が復活当選し、次点・3位の者は落選と云う不合理な現象が起こっています。
華々しい場合、法廷得票数、つまり、総投票の一割未満しか得票していないのに、当選と云う事態が起こりました。
是は是非、改定して貰いたいものです。
少なくとも、復活する場合、次点でなければならないとか、惜敗率が80%以上であるとかに限定して貰いたいと思います。
よし、それが出来ないなら、重複は認めない事です。

さて、マニュフェストについてですが、
小選挙区制度になったら、自ずと、政党政治の原点に戻ります。
政権交代を目指して戦う訳ですから、政権構想を掲げるのは当然ですが、それには少なくとも、それなりの候補者を擁立しなければ、国民を馬鹿にしています。
政権を目指せない党がマニュフェストを出すのは茶番です。
そう云う党は、真に国民を思って、努力しているとは思われませんし、自分の保身の為に流されているとしか思われません。

共産党、社民党は、不思議な党です。
アメリカに無理やり押し付けられた憲法、特に9条を金科玉条の如く死守せよと主張していますが、貴方達、安保反対・米国NOの急尖兵だったのじゃないのですか。
そんなアメリカから押し付けられた憲法を、嬉々として拝受し給うとは、それこそ米国隷従でしょう。
9条改定する云々は別として、戦後60年、そろそろ日本人の手で、日本国憲法を策定し直しても良い時期です。
議論を重ね、その上で、9条を残すなら残せば良いのです。

最後に、小選挙区の下では、今回は自民が圧勝しましたが、必ず揺り戻しが起こります。
民主党は、新代表の下、地道な努力を怠らない事です。
但、党内を編成変えする必要が必ず何処かで起こるでしょう。
岡田旧代表も才能ある人物ですが、時に恵まれませんでした。
兎に角、政権交代の無い政治は澱みます。
江戸時代、二百数十年、その間、享保の改革、寛政の改革、天保の改革等々経ましたが、終に、明治維新で政権交代を果しました。
歴史は、庶民は、常に求めるものが有るのです。







posted by 津々浦々 at 14:41| Comment(6) | TrackBack(2) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月01日

芸能人の評価・ギャラについて

今回の総選挙は、タレント・芸能人の類が殆ど立候補していないのは、御同慶の至りです。
さて、タレント・芸能人と云うからには、他に比して何らかの才能を有しているのが当然です。
翻って、現今の芸能界を見るにつけ、馬鹿馬鹿しく、腹立たしく呆れ返るものは有りません。
考えてもみて下さい。
芸能と呼ばれるものは、太古の昔から人々を感動させ、驚嘆させる存在であったのです。
天岩戸を開く巫女さんから、平安時代の白拍子、時代が下れば琵琶の奏者、江戸時代には超一流の歌舞伎役者は千両役者と呼ばれました。
最高峰のトップスターが千両役者だったのです。
千両とは現在に換算すれば、貨幣価値の換算方法にも因りますが、年収約8千万円位だと思われます。
然るに、現在の芸人は才能も無いのに、年収1億円以上の人がざらに居ます。
如何なる理由で、こう云う捻じれきった不当な不公平な社会になってしまったのでしょう。
今は総選挙の最中で「不公平を無くせ。」と拡声器で叫びまくっておりますが、社会を構築するもの、為政者であろうが庶民であろうが機構であろうが、皆、時代の趨勢の子羊なのでしょうか。
本来、いきとし生ける人の最重要事は食物にあります。
つまり、グローバルに考えるならば、食物を栽培する農民や猟師が、最大の受益者であって然るべきです。
何故に、生活に必要の無い下らん芸人に高いギャラを払って、見たくも無い物を見せられなければいけないのでしょうか。
誰が、何が悪いのでしょう。
テレビ局ですか。
スポンサーですか。
マスコミですか。
はた亦、それに馴らされた大衆ですか。
昔、評論家の大宅壮一が云いました。「テレビの普及に因って、一億国民総白痴化になる。」と。
予想通りの世の中になりました。
上岡龍太郎も云いました。「こんな楽な商売は無い。うだうだ喋って、大金が手にはいるのだから。しかも、一日の実働は2〜3時間だ。」と。
本音だと思います。
無論、我等に感動を与え心を癒し人生を豊かにしてくれる芸能人も当然居ります。
だけど、クラシック演奏家にしろ、落語家にしろ、舞台芸人にしろ、才の無い芸人より年収が少ないのが現実です。
つまらぬテレビの番組のスポンサーが、何故か馬鹿高いスポンサー料を払っていると云う事は、我々がその企業の割高な商品を買わされていると云う事になります。
つまらぬ芸人を起用すれば、これ亦、そのギャラが上乗せされ、馬鹿高い商品を買わされる羽目になるのです。
拠って、芸人のギャラは全て歩合制にするか、一般国民の平均年収以下にしたらどうでしょう。
視聴率が0.001%上下する度に幾らとか、商品の売上高に拠って幾らとかにするべきです。
嘗て、島田伸介が「わしは何の為に芸能界に入ったと思う? 女にもてて良い暮らしをする為に入ったんじゃ。」と、のうのうと露吐していた。
確かに伸介のあの顔では、女は誰も近づかないでしょう。
しかしまあ、是ほど左様に才無くても、不当に大金が芸NO人に転がり込む世になってしまったのです。
白猫でも黒猫でも、鼠を取るのが良い猫だ。
人間でも、食物を作る人が良い一番高く評価されなければおかしい。
世の中の不公平感と人間が生活する実生活の摩訶不思議感は、此処に極まれり。





posted by 津々浦々 at 16:08| Comment(2) | TrackBack(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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