2005年08月09日

衆議院解散―緊急提言

小泉首相が衆議院を解散しました。
ヤケクソ解散・身勝手解散等々批判非難が相次いでいますが、毀誉褒貶は時の常、謗る者には云わせて置けば良いのです。
信念を貫くのは易い事では有りません。
評価は後の世が下す事です。
徳川慶喜が大政奉還をした時、龍馬は云いました。
「大樹公、良くぞ御決心なされた。これで日本は救われる。」と。
それが龍馬が殺される一月前の事です。
慶喜は政権を返上した後も、新たな政府組織で政権を担おうと目論んでいましたが、結果は賊軍として処罰されたのは、ご承知の通りです。龍馬も又、新政権では、慶喜を首座に据えるつもりで居た節が有ります。
反対派を押さえて大英断を下した慶喜、結果的には、幕府(政権)を潰しましたが、明治維新と言う新しい時代を切り開きました。
小泉首相も多分、同じ結果になると思います。
本人は選挙に勝って、再度政権を担おうと思推していますが、多分、過半数は取れないでしょう。
つまり、慶喜と同じく任期を余して、下野しなければならないでしょう。然しながら、自民党をブッ壊し、社会の悪弊を絶ち切る絶好の新時代到来を呼び込むかも知れません。小泉首相の思惑は外れますが、結果として、大変革をもたらす筈です。
但し、ここで真価を問われるのは、国民有権者です。
明治維新は、常に虐げられていた下級武士が成し遂げました。
今、その立場に居るのが、主権者たる国民です。
主権者と煽てられて、変革(選挙)に参加しようともせず、唯々諾々と、為政者の言いなりになっていた今までの姿勢を正すべき時です。
投票率50%以下なんて、とんでもない背信行為です。
一票を行使しないで、文句タラタラの態度は、もっての他です。
さりとて、立候補者は良く見極めて下さい。
以前にも書きましたが、大阪には、勘違いで出馬する女性候補者もいます。
北海道では、未だ罪に問われ公判中の候補者が、新党を立ち上げるそうです。
何が、彼等を立候補に駆り立てるのでしょう。
見栄と自身の快感と権力欲に、魅入られていると断言しておきましょう。
いづれにせよ、小泉首相が、命を賭して断行したこの好機を、断固掴み取りましょう。
posted by 津々浦々 at 16:33| Comment(3) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

敗戦六十周年に想う

無責任国家
今年もまた、8月15日がやって来ます。
あの日から60年、還暦を経た事になります。
現在生息している日本国民は、殆どが、戦争のせの字も知りません。そう云う時代に生を享けた我々は、幸運だったかも知れませんが、果たして、幸福であったと云えるでしょうか。
勿論、これは戦争を肯定しているのではありません。
戦争は悲惨なものです。
その嘆き、苦しみ、悲しみは、拭っても拭いきれないものです。
しかし、我等が過去の歴史を振り返る時、煩悩を内に秘め、欲望と闘争心をその本能として有する動物としての人間は、戦争を根絶する事は不可能だと思います。
たとえ過去の歴史がそうであっても、我等は未来に向かって戦争を根絶すれば良いじゃないか、現に日本はこの60年間、戦争を起こさずに来たでは無いかと、云う人がいますが、果たしてそうでしょうか。日本は特殊な状況下に有りました。
憲法で戦争放棄を明文化させられましたし、(だがそれもここに来て、揺らぎだしてきています。)また、日本人の特性によるものが有ったと思います。
明文化については、終戦直後、坂口安吾がこう云う事を言っています。
「江戸時代、武士道が何故確立したか、不義密通が何故 打ち首と定められたか。それは、その様に明文化しなければ、人間は有らぬ行動を執ってしまうものだ。と云う事を為政者が知っていたと云う事に他ならない。」と。
日本人の特性とは、ファジーな考え方が挙げられます。
昔、イザヤ・ベンダサンが(日本人とユダヤ人)で、曖昧な日本人が羨ましいと看破した如く、何事にも例え国家の存亡に係わることでも、執着心と敵愾心を放擲し得る人種だという事を。
ついでに云うと、江戸時代の仇討ち制度程、武士にとって迷惑千番な定めは無かったと云われています。仇討ち令が下れば、草の根を分けても捜し出さねばならぬし、例え見つけ出しても、返り討ちに遭わぬとも限らぬ。例え討ち果たしても、今度は相手の身内から狙われる事になります。もし探し出せなければ、一生涯、流浪の身となるのです。
だから当時の武士は、武士道に辟易していました。
嫌々ながら明文化に従っていたのです。
日本人の特性とはそういうものでした、実に曖昧で、執着心が薄い国民だったのです。
戦後60年、平和国家・日本と云いますが、安穏の日々を刻んで来たといえるでしょうか。
戦争は地球規模で起こっています。テロも世界各地に飛び火しています。戦争を止めさせる事が出来ると云う人は、今、現に起こっている戦争を即、止めさせて見せて下さい。
そう云う人こそ、我が身を捨てて命を賭して、即、行動して下さい。
人間が人間以上でないと云う事が解る筈です。
只、敗戦後60年、それは長い年月です。明治維新より30年足らずで、日清戦争。
そこから10年足らずで、日露戦争。そこから40年を経ずして、太平洋戦争が勃発しました。
今年は、日露終戦100周年でもあります。
もう終戦60年は、歴史になってしまっております。
その間、日本人は日本人でなくなったと云う感が致します。
アメリカナイズされた生活様式と、アイデンティティを見失ったこの居住民は、はてさて、何処へ行き着くのでしょう。
もっとポジィティブに考えたいのは、やまやですが、右にも左にも、ものの云えない国に辟易しています。
posted by 津々浦々 at 15:58| Comment(3) | TrackBack(1) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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